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美しきスケーター発見!

  • 2014/12/13(土) 14:25:07

こんにちは。

昨日は、テレビをつけたらたまたまフィギュアスケートのグランプリファイナル女子が放映されてたので、ちょっと見てみたら素晴らしい選手がいたことを知りました。

ロシアのエリザベータ・トゥクタミシェワ選手です!

有名なリプニツカヤ選手の演技を見てないから比較できなかったですが、絶対的にチャンピオンだと確信しました。

結果的には暫定一位になりました。あとはフリーの演技が良ければ優勝できるでしょう。

なにが凄いかというと、バランスが素晴らしい!!その安定したバランスからくる上半身の流動性とアームの自由感。

惚れ惚れする滑りで、目が釘付けになりました。

ジャンプもこれまた素晴らしかったです。高さとかキレとか回転量とか、そういったつまらないものではなく、空中でのしなやかで力の入ってないリラックスした体。

そして普通のスケーターなら、ジャンプ中はアームを胸のあたりに収納しますが、彼女はなんと!頭の上に片手があり独特な手の形をしてるのです。

さらには、着氷の瞬間も普通なら、バレエのアラベスクのようにラインをしっかり決めて、大体の選手が硬直して力みが見えてしまいがちですが、彼女は雲の上に降り立つかのようなソフトな着氷を決めます。

常に体を止めず、力まず、形を決めず。氷の上にいながらもごく自然に野原を駆けるような演技。

僕がいままでみたアイススケーターの中でも間違いなく絶対的なベストなスケーターでした。

彼女を生で見れるなら、ほとんど興味のないアイスショーもお金を払って見に行きたいなぁって思いました。

それぐらい感動する芸術品ですね。フィギュア界の至宝です。

フリーも見なくちゃ。それでは。

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最高のエンターテイナー

  • 2014/09/11(木) 15:41:27

こんにちは。

今日は、自分の中での流行りについて、人知れず語ろうと思います。


我々はプロダンサーとして日々を送ってますが、どの辺がプロダンサーと言えるのかを自問自答しました。

教師としてプロなのか、競技ダンサーとしてのプロであるのか?

僕には夢というか、プロとしてこうありたいという願望、目標があります。

それは、デモでもレッスンでも競技会でも、人々を感動させられるダンサーでありたいなと。

どれも難題で、どれひとつとして成し得てない。

まだまだ鍛練や経験が足りないと思ってます。当然ですが…。


ここ一週間、あるエンターテイナーに注目してます。

言わずもがな、エンターテイナーとはマイケル・ジャクソンを指す固有名詞。マイケルジャクソンとはエンターテイナーを意味する代名詞。

そんな彼の生ライブをとうとう一度も見れませんでしたが、現代は動画で生前の彼を簡単に見れる時代。

やはり動画では、本物の臨場感はありえないと知りながら視聴しました。

ところが…。

《あるライブでのある演目。エンターテイナーはトランクケースをもって現れました。》

《彼はトランクの中から黒いスパンコールの上着を取り出し、羽織る。》
もしや…。

《次におなじみの黒いハットを手に取る。》
ああ~。なるほど。

《きらびやかな装飾が施された白手袋…。》
《ライブ会場はどよめき、狂った歓喜と悲鳴。》
あれっ?目に汗かいたかな?ジワッと涙腺が…。

待って。まだ声も発してなければ、ダンスのダの字も見せてないぞ。
しかし、感動はとまらないのです。

そう、ビリージーンをこれから歌うという時点で最高潮に興奮してしまうのです。

それはビリージーンの価値を知ってるからというのは確かです。が…曲が流れ出す前から、ここまで感動するものでしょうか?

ダンスの競技会で例えるなら男性が女性の前に立ち、左手をゆっくりと差し出した時には、これからの踊りを期待して感動してしまう事に他ならない。

踊る出す前に、観衆を魅了できるダンサーなんて今の世の中にいるのでしょうか?

誰が何と言おうと、人類史上最高のエンターテイナーはマイケル・ジャクソンと僕は決めつけます。

競技会のフロアに立った瞬間に魅了し始めなければ人を感動させられないなぁ。

おこがましいですが、そういうダンサーを目指したいですね。

それでは。



アイーダ!!!

  • 2010/04/12(月) 15:22:01

今週もなるべく書いていこうと思います。淳です。

昨日は劇団四季のアイーダを観に行きました。ひとりで…。

男一人で行くのは少し不気味に見られます…。周りがカップルやグループばっかりなので仕方ないですね。

今回なぜ、劇を観に行ったかと言うと、ここ最近感受性の衰えを感じ、感性を高めたかったのです。

毎日ダンスを見てると、初めは見た目に感動して、だんだん動きの仕組みや理論に興味がいき、最終的に解剖学とか力学的な視点でダンスを捉えるようになってしまい、感性は微塵も無くなってしまうのです。

そんな自分も劇団四季のアイーダを観たら、理屈じゃ語れない感動を覚えました。

悲しいシーンでは、観客席からシクシクと泣く声が聞こえるほど、感性が高まります。

まわりが女性ばかりだったので僕は泣くことがためらわれましたが、もし自分も女性だったら大泣きでした。

オペラ版の元祖アイーダとは内容がアレンジされていて、あの名曲『凱旋行進曲』が無かったので少し残念でしたが、感性を高めるという当初の目的は達成されたので満足です。

どうしてもダンスをやり続けると、テクニックや理論に偏りやすくなってしまいますが、時にはダンスを始めたときの感動を思い出すのが大切だなぁと思います。

また、今度観に行きたいと思います。それでは~

天才

  • 2010/01/28(木) 17:09:44

長々とした前回の続きです…。

芸術界で語らずにはいられない人物といえば、ルネッサンス期を代表するレオナルドダビンチでしょう

彼は様々な分野で才能を発揮したことで有名です。全ての偉業を説明しようとすると時間が無くなってしまうので、絵画と解剖学に注目して話そうと思います。

といっても誰もが知ってる簡単なことだけでいきましょう

彼の描く絵画は、とにかくリアルで数学的にもピタッと公式にはまるようなバランスの絵を描きます。

また、人間やその他の生き物を描くにあたって、自ら解剖学を学び何度もデッサンやイラストを描いたといわれてます。

ここで僕が注目したのが一つの対象物を描くのに、多種多様な学問を勉強し、その経験から多角的に物体を描く姿勢です。

ゆえに彼は単なる画家に終わらず、他分野でも発明や研究を繰り返し、もしかしたその辺の医者などよりずっと人体の構造を熟知してたりするのでしょう。

また、同時代の天才彫刻家ミケランジェロの描く絵画も、たしかに解剖学に通じて忠実に人物に肉体を表現したのでしょうが、あまりにも筋肉を愛しすぎて?(笑)女性や老人でさえマッチョに描いてしまい、やはり現実味を失っています。『最後の審判』など…。ただ人類最高峰の芸術作品にかわりありません。

とにかくダビンチは現実感を追求したのでしょう。そのための寄り道ばかりに他の学問も学ぶ。よくよく考えると、昔の天才学者や偉人というのは、多才な方ばかりです。アリストテレスや諸葛亮なども一分野の天才に終わらなかった。

現代はとにかく専門特化の流れで横のつながりが希薄です。ダンスももしかしたら解剖学とか数学的要素があるほうが上達するんじゃないかな?もちろん解剖学勉強したら、筋トレしないと意味無いとおもいます。

また表現力や身体能力向上のため、ミュージカルをみたり、バレエを習ったりと色々な経験があったほうがいいと思います。ただそれらと融合だけはしたくないと考えてます。よりラテンの真髄を極めんとしたいがために多種多様な分野を勉強することが肝要です。

なんて大きいこと言ってますが、実際そのとおりかは自分で体現しないとだめですね。がんばります

自己紹介④

  • 2010/01/27(水) 14:21:45

さあ、きょうも自己紹介します。ついにパート④です。

だんだん僕がどういう人間かわかってきたでしょうか

僕は学生時代の部活動はめちゃくちゃな経歴です。

まず中学生のとき、すぐに家に帰りたかった理由から活動日が少ない将棋部に!

しかし、将棋のルールまったく覚えてません。

それで二年生からは、野球部に転部しました。弱小野球部でしたがかなり充実した時期でした。

そして高校では硬式野球は絶対についていけないと思って、美術部にはいりました。

ただどっちかというと、体を動かしていたいので、サボって放課後に野球とかサッカーをしてました。

もちろん本業の部活動では、油画中心に水彩画、日本画、版画、モザイク画などを体験しました。

どうやら油絵が一番得意らしいことがわかって、ちっちゃい地域での学生展覧会ではなんと金賞を頂いたりもしました。

特に風景画が得意で、色の使い方には自信があります。イラストとか線で絵を描くのは苦手ですが…。

このときの経験で、色を見たときにどういう原色と原色が混ざり合って出来てるのかというのがわかるようになりました。

ごくたまに美術展に行くのですが、ルノワールとゴッホの描き方が好きですね。別に印象画が好きなわけでは無いのですが、ルノワールの絵画の木漏れ日の表現とか、人物の顔の特に頬の配色がすごい気に入ってます。

それから、古典的な宗教画や人物画も好きです。黒の基調や背景をベースにして浮かび上がる人形のような人物やその衣服の色合い。何とも言えない質感です。なんか絵の中の人物や生き物が死んでるようにしか見えないんですよ。標本みたいな感じ。

前者の印象画と後者の古典画?の対比がおもしろいですよね。漠然と描くほど臨場感がでて、緻密に描くほど嘘くさくなる。どっちも好きです。

ただ、現代アートというのでしょうか?抽象的な絵画やオブジェは意味不明で僕には理解できません。あくまでも個人的な好き嫌いなんですが。ピカソは基礎的な画力がすごいあって、過去の絵の勉強をした上で、抽象的な画法に変わってきたって聞いたことがあります。現代のアーティストってただめちゃくちゃに表現してるんじゃないのかなぁ?宗教画みたいな絵を描ける人が自分の世界の表現で抽象的に描くのならわかるのですが。

すいません。素人の立場で批判してしまいました。m(__)m

次回はこの話楽しくなってしまったので続きます。ダビンチとミケランジェロのことを素人ながらマイペースに書いていきます。では


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