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考える力

  • 2013/06/22(土) 18:02:59

こんにちは。

ダンスを始めてそろそろ10年が経ちますが、ここ最近ようやく今まで習ってきた事が繋がってきました。

無駄や遠回りだと思ってた事も、後々必要だったんだと気付きました。

ダンス技術が未熟なうちは見えなかった事が見えてきたと言えばいいのでしょうか。

しかし、間違えたからこそ、正しい道を導き出したとも言えるのではないでしょうか。

ところで、人類の歴史において、数多の争いを経て科学技術が進歩したのは認めたくない事実ですね。

決して戦争を肯定する事は出来ません。感情的にとらえれば許されざる行為ですね。

では、感情論を排して無機質にここでは考えたいと思います。

戦争と科学技術の進歩は非常にシンプルな関係だと思います。

さらには、戦争とは相手に負ければそれまで、生きるか死ぬかの世界。

自分はいくら戦争反対でも、無抵抗の一般市民だと訴えても、その戦争が民族戦争であればどちらか一方の民族の滅亡が目的であるから、逃げようのない状況もありえるでしょう。

つまり全力で相手に打ち勝つ方法を考える。

戦争において兵器の優劣は勝敗の決定的要因のひとつです。

原始的に言えば、石器や木材を削いだ刃物より、青銅製の方が優位で、それより当然ですが鉄製の方が切れ味があります。

剣より槍の方が遠くから殺傷できますし、投石や弓矢の方が圧倒的に強力な攻撃になるでしょう。

戦術で言えば、銃の発明以前は密集陣形で戦っていたものが、銃、火薬の発達によって一度に皆やられてしまわぬように散開して戦うようになったり、機関銃の発明で防御有利という思想から塹壕を築き、戦線の膠着がおこる。

それを打開するために戦車が登場すると、陸上戦のメインは戦車の運用となり、相手の戦車より堅固に、堅固な装甲を破る為に大口径の砲を開発する。

要は相手の開発した兵器を超えるものを開発することが、生き残るための唯一の方法。

そのために技術者も最前線の兵士も必死で考えた続けた結果、現代のハイテク技術がもたらされた。

悲しい事に人間は自分の生死あるいは、競争においてこそ本気に思考することが出来る生物なんだと思います。

争いが無ければ、わざわざストレスがたまって腹がへって疲れる事をする必要ありませんから。

男女がライバルを出し抜き、意中をゲットするためにルックスを磨くのも似たようなもんですね。

考え続ける。こんな大切な事は無いです。だれかが言ってたような気もします…。

それでは。

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伝承

  • 2013/04/27(土) 16:48:29

こんにちは。

今日は目前に迫ったプロアマミックスコンペを控えて、一日中競技モードのレッスン風景です。


それとは関係ありませんが、ひさしぶりに歴史について気になる事があるので、その話題で。

歴史には伝説、伝承と呼ばれるような、実際に起きたかどうか疑わしい出来事がたくさん残されてます。

それらは後世の人々を想像力を駆り立てるのに十分すぎるほどの象徴的な事例ばかりです。

そして、必ずと言っていいほど宗教やその地の慣習に関連し、人々を律する内容を伝えてます。

特に自然災害に関する話が多いですよね。

伝説では超常的な超自然現象として説明されるます。

ありえない、だからおとぎ話のように真に受ける人はあまりいないと思います。

しかし、それならばなぜ現代まで広く有名に伝わっているのか。

皆さん周知でしょうが、こういう話は実際の出来事を、より強調的に伝える側が改変してるということです。

日本人であれば誰でも知っている津波の恐ろしさ。

現代に文明を持ってしても、自然に抗う事は不可能と実感したはずです。

はるか古代の人々にとって、噴火、地震、雷、嵐、津波などの現象は説明不能な超常現象。

なぜ起こるかなど解せるはずがありません。だからこそ神秘性を感じていたのでしょうね。

そしてなによりも、当事者たちにとって心に強く焼き付けられた事ですから、強い念みたいなものと一緒に後世に絶えず伝えられてきたのでしょう。

ならば、世界中のあまたの伝説は、なにからしら原型があり元をたどれば史実ではないかと希望を持ってしまうのも悪くはないでしょう。

また、仮に完全なる創作の伝説であったとしても、『人間は経験上からしか思考できない』という僕の持論をもってすると、著者がどこかで噂で聞いたとか、実体験があって、それを無意識に思考してしまったんではないでしょうか?

例えば失われた大陸とか失われた文明とかも、言葉を換えればいくらでも信用性が高まります。

大陸では無く、海に接している低地帯とか、文明では無く、先進技術を持ち栄えていた都市国家など。

古代において、優れた鋳造技術や建築技術があるだけで、周辺民族にとって非常に恐れられていました。

地震や火山噴火、大規模の自然災害などによって、一夜のうちに都市が崩壊する。十分起こりうる事象ですね。

土地が失われるというのも、実際に仙台平野の海岸線が津波によって後退するというのは記憶に新しいです。

理由が無いものは無いと信じてるので、必ず伝承されたものの起源があるはず。


歴史のロマンは不滅ですね。

それでは。



曹操孟徳

  • 2012/08/02(木) 17:44:07

こんにちは!

今日は歴史に興味ない人は全くつまらないテーマでいきます。

僕は小学生から三国志の小説や漫画を読み始め、いまでも三国志の人物や歴史背景について考えてます。

だいたいボーっとしてる時は、歴史の事を考えてる時です。

小さい頃は単純に二元的な思考しかせず、劉備達は漢の救世主で、曹操陣営は国を滅ぼそうとしている悪者。

と言うのが三国志のメインテーマだと思ってました。

が、大勢の人が三国志と理解してるものは、いわゆる三国志演義という娯楽のための英雄伝説みたいなもので。

本来は魏呉蜀のそれぞれの歴史書であり、物語とは程遠い膨大な量の記録でしかないみたいです。

そう言う訳で、各視点から見れば自分達こそ正義であり、おのおのが正当とする理由を主張しているので、

埒があかない。

大人になると、この辺が理解出来てきて。曹操が悪者とは思えなくなりました。

現代でいう、尖閣諸島での領土問題と同じで、どう説得しても中国の人々は一寸の余地なく自分達の領土だと思ってる訳で、日本人もそう思ってる。やっぱり埒があかない。

論理的に説明しようが、物証を提示しようが精神的には何も変わらず無意味な事です。

でも『主張』は大事なことです。海外では説得力に欠けたとしても自己主張を諦めない傾向が強いと思いますし。

…そんなこんなで本題である、三国志の覇の英雄ともいうべき曹操。

結果的には漢滅亡の要因の一人になってしまいましたが。その才覚や沢山の優秀な人材が集まるカリスマ性に、この人物こそ英雄だなぁと感心します。

エリート集団、曹操陣営に対して劉備陣営を比較すると、やはり寄せ集め感が否めないですね。

しかしそこが、劉備達が庶民に愛される理由の一つですね。

さて、当時の漢は末期がん状態、社会システムはボロボロに綻び、能力に関係なく金を持つものが権力を持ち。

政治が悪けりゃ大暴動だって起こる、日本の某二大都市の首長の『俺が日本元首だ!』的な地方郡雄が跋扈してる時代。

行き詰った社会に人々が狂喜乱舞して歓迎するのはカリスマある独裁者。

実際に荒廃した国内を統一し、新たなる秩序による平和な社会を構築しつつあった曹操に、誰がこいつは悪者だと思うだろうか、みんな目を輝かして、英雄と崇めるんじゃないですかね。

漢王朝だろうが曹操による治世だろうが、一般市民は国家元首の血筋、正統性なんて興味無いんだから。

誰でもいいでしょ。国が平和で、豊かで暮らせれば。まぁ僕もそう思いますが。

逆に『俺が漢王朝の正当なる擁護者』的な劉備は、ある意味、平和ある統一を妨げる嫌な連中だなぁって、一般市民は思ってたかもしれないですね。

結局は王族、貴族のご都合争いですもんね。

ともあれ、僕の中では曹操孟徳の株が急上昇中です。

不当に悪者扱いだったので余計です。

それでは。







独裁者は善か悪か

  • 2011/07/21(木) 20:03:24

こんにちは。

今日は久しぶりに歴史について、持論を繰り広げて行きたいと思います。

世界の歴史上には英雄や偉人、はたまた極悪人とレッテルを貼られた著名人が数多くいますが、彼らのほとんどは独裁者など独断専横の方々だと思います。

良く言えば、カリスマです。

そんな彼らはなぜか、後世での評価が分かれます。

カエサルは最も人気がある英雄のひとりですが、ヒトラーは最も嫌われてる独裁者のひとりです。

こんなこと言ったら怒られちゃいそうですが、あんまり違いが無い気がします。

起こした戦争の数、侵略者としたらカエサルの方が、ずっと悪人だと思います。

『勝てば官軍、負ければ賊軍』というように、歴史は常に強者が都合のいいように書き換えられてます。

多分ヒトラーが個人的な感情で行った、ソ連軍捕虜虐殺やホロコーストが悪かったんでしょうね。

もしそれらをやってなければ、そこまで歴史は彼を極悪人に認定してなかったんじゃないでしょうか。

第一次世界大戦に負けて、領土や権威が失われた祖国ドイツを一時的に盛り上げた悲劇の英雄になってたかもしれません。


世の中信じられないものです。

歴史上、英雄とされてる人物が行ったであろう蛮行や虐殺は、おおやけにはされてませんね。

最終的な勝者や、後世に国際的な権力をもってる集団によって、歴史は綴られるものです。


僕の中の世界観では、独裁者は破壊者であり、良いもの悪いものも既存の慣習や権力を分解して、新たな世界をつろうとする人物です。(織田信長など)

独裁者たる能力が無い人物や、選択を間違えた人物は悪の独裁者となるが、新世界の創造主となれば崇拝される英雄になる。

そして、そんな彼らを押さえつけようとするのが、既存の世界の支配者や権力者達です。当然自分の権益を奪われたくないのだから。彼らに負けた人間もまた“悪”になってしまうのです。

なんでもかんでも、白黒つけたがる世の中ですが、実際は全ての事象がグレーなんだと思います。

人によってそれが白に見えたり、黒に見えたり。


独裁者ではないですが、現在の社会問題である原発問題も同じく、原発は多くの電力を安く作り、多くの雇用を生み、二酸化炭素をほとんど排出しない面を見れば“善”である。

反対に一度、大事故が起こればとんでもないリスクを負う面を見れば“悪”です。

そもそも、遠いところで電気を作らせといて、遠いところで事故が起きて、そっちが一番大変なのに東京でこんな議題を話し合ったり、汚染がどうこう言ってることが茶番ですが…。

それでは、また。


























歴史とは?

  • 2011/02/17(木) 21:27:14

こんにちは。ひさしぶりに更新しました!

最近はまた色々な新しい経験をしました。

ダンスもまた目指すものが、ハッキリした気がします。

自分が目標とする踊りをする人や、正しい動きをしてると思う人の踊りしか目に入らなくなりました。

沢山の目線が集中する選手がいたとしても、自分の見たいと思う選手でなければ見ないし。もちろん人気がある理由をしっかりと勉強しないといけないのですが…。

様々なタイプのダンサーがいますから、どれが良いとかは決めつけられませんが、自分がどのタイプのダンサーか認識できた気がします。


話がかわりますが、最近のテレビ番組で景気の良い話を聞きません。

世界的に見れば圧倒的に豊かで住みよい日本ですが、確実に国民の不満が溜まってるのを感じます。

第二次世界大戦以来、戦争に巻き込まれることなく太平の世を謳歌しているはずなのに、何か物足りなさを感じてる人は多いでしょう。

この『感覚』が歴史を語る上で、重要だと自分で勝手に思ってます。

もうひとつ、これは言っていいことか悪いことかわかりませんが、歴史とは『創造』と『破壊』を交互に繰り返すらせん階段だと時々思います。

ローマ帝国やモンゴル帝国、大英帝国など繁栄を極めた国がその形のまま現代まで永らえた事はありませんよね。

なにものも創造されれば必ず破壊される。…なんでもない当然のことですが。

しかし、こう考えるのはどうでしょう。破壊によって創造がもたらされると。(危険な思想だと思いますが)

前述の大国も他国の領土や富を破壊、搾取したから成長したのは明白ですよね。

現実に日本みたいに豊かな国がある一方で、南半球を中心として過酷な貧しさの国もあります。

地理的条件もあると思いますが、貧しい国はずっと貧しいまま搾取され続けます。

浅はかな考えかもしれませんが、きっと日本の豊かさはこれらの貧しい国があるからこそだと思います。

そして、僕ら日本人が不景気だ!とか言ってるのは、実はこれらの貧しい国が少しづつ豊かになってる証明ではないでしょうか?

もし世界中の人々が平等な生活を送るとすれば、日本人は生活水準を大幅に下げなくてはいけません。

当然、今までの生活を送りたい人々は、そうさせないために権力によって押さえつけます。

多分これが『階級』ってヤツでしょう。まぁ周知のことでしょうが。

この『階級』を感じさせる定番のものが、大富豪、大貧民と呼ばれるカードゲームです。

ルールは様々あるみたいですが、基本的に大富豪が有利になるようになってます。

つまり一度、大富豪になればその地位は変わりにくいと言う事です。

しかしこのゲーム最大の目玉は、『革命』(格好の良い言葉だが、要は反乱)

地位は逆転。世界が混沌の渦に。これこそ、歴史の最大イベントでしょう。

歴史に必ず出るこれらのキーワードこそ、人間の習性を現してると思いません?

人間は誰しも一度味わった豊かさをなかなか手放せません。だから自分が有利な条件であればあるほど、階級や身分制度によって固めてしまい、特権を維持しようします。安定を好むのです。

逆に、不利な条件な人間ほど下剋上を望み、なんとか枠組みを破壊して階級を組み直そうとします。混沌こそがチャンスなのです。

既存の制度を『革命』などにより『破壊』することで、新たな枠組みを『創造』し安定に努めます。

当然それを良く思わない人々により、『破壊』される。イタチごっこですね。

そのたびに起こる摩擦の火花こそ『戦争』なんでしょうね。


話を最初に戻して、現代の日本人の『感覚』とはどんなものでしょうか?

今の豊かさを維持したいがための、上からの圧力を望むのか?

それともシャッフルしたいのか?もしくは他のアイデアなのか?

それによって、歴史がどう動くかが決まるような気がします。場合によっては破壊的な独裁者の台頭、対して中世さながらの封建社会への移行もありうるし。

歴史は繰り返すものですし、永遠の安定はありえないものですから、『革命』か『破壊』はもうすぐそこにある気がします(百年以内に…)。今の地位で満足できる感覚が多ければ回避できるかもしれませんが…。

さながらシーソーゲームのようなものですね。うん。

それでは。
























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